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エディットピアフは『愛の讃歌』を
歌っていたシャンソン歌手の大御所です。
2007年に映画『エディット・ピアフ 愛の讃歌』
が上演され再び注目を集めています。
エディットピアフに関連する人物をまとめてみました。
| ピアフとの関係 | 名前 | 紹介 |
|---|---|---|
| 母 | リーナ・マルサ | アニタ・マイヤールという芸名でシャンソン歌手をやっていた。ピアフ生後2ヶ月で自分の母(ピアフの祖母)にピアフを預けてしまう。 |
| 父 | ルイ・ガシヨン | アクロバット師で香具師(やし)。19人以上の腹違いの子供を持っていたといわれる。 |
| 祖母 | ルイーズ | 売春宿を経営。幼い頃のピアフの面倒を、売春婦らと共に見る。目が見えなかったピアフをリジューへ巡礼に連れて行き、奇跡を起こさせた。 |
| 妹 | シモーヌ・ベルトー | ピアフの義理の妹。父は同じ。生涯ピアフと連れ添った。 |
| 未婚の夫 | ルイ・デュポン | 結婚はしなかったが、ピアフとのあいだに子供をもうけた。名前はマルセル(女の子)。 |
| ピアフの名付け親 | ルイ・ルプレ | ル・ジャニーズというキャバレーを経営。エディットピアフという名前をつける。その後、殺害されてしまう。 |
| パトロン | レーモン・アッソ | ルイ・ルプレ以後、ピアフを歌手として大いに育てる。 |
| 恋人 | ポール・ムーリス | 公証人の書記。毎晩、クラブで歌っていた。死ぬ直前までピアフを愛していたことを自慢げに語っていたという。 |
| 友人 | ジャンコクトー | 詩人・劇作家・小説家・画家。ピアフの死をしって同日の数時間後に死んだといわれている。 |
| パトロン | ルイ・バリエ | 興行主 |
| 教え子 | イヴ・モンタン | ピアフが見つけた新人シャンソン歌手。ピアフの指導を受ける |
| 恋人 | マルセル・セルダン | ボクシングの世界チャンピオン。ピアフが最も愛した恋人。飛行機事故で亡くなる。 |
| 夫 | ジャックピルス | 1952年、ピアフと結婚した。 |
| 友人 | マレーネ・ディートリッヒ | 女優。 |
| 恋人 | クロード・フィギュ | 13歳の頃からピアフの熱狂的ファン。後、ピアフの恋人になる。 |
| 恋人 | ダグラス・デーヴィス | 画家。麻薬中毒になっていた時期のピアフの恋人。彼も飛行機事故で亡くなる。 |
| 第二の夫 | テオ・サラポ | 20歳年下の夫。人生の中でずっと待っていた存在とピアフは語っていたそうです。 |
| 友人・知人 | ピエール・ブラッスール、ロベール・ラムルー、シュザンヌ・フロン、ジャック・ブールジャ、フランシス・レイ、ノエル・コマレー、ノルベール・ショーヴィニー、ミシェル・リヴゴーシュ、ピエール・ドラノエ、ミシェル・エメール | |
ピアフの歌は当時、フランスだけではなくアメリカでも有名になっていました。当然、その時代の有名人の前でも披露しています。
例えば、エリザベス女王、チャーリーチャップリンなどがそうです。チャップリンはナイトクラブにはほとんどいくことが無かったそうですが、ピアフの出演だけは見に行ったそうです。